LOGIN「そんなの簡単! ひたすら、わかってもらえるまで伝え続ける!」夏希は笑顔で、悩みもせず、即答した。「わかってもらえるまで……?」「そう。だって、それが相手がいることならさ。伝え続けなきゃわからなくない?」「それは確かにそうだけど……」「だってもしかしたら、その人は何か勘違いしていたり、自分が気づいてないことで信じてもらえてないだけかもしれないじゃん」「だから伝え続けるってこと……?」「私なら、ちゃんと自分で納得したいんだよね。自分が思ってることと一致して信じてもらえないなら、それはそれで仕方ないけどさぁ。全然違う理由で信じてもらえなかったり、すれ違うことがあるとしたら、それこそ悲しすぎない?」私と一弥さんのことを言われているのかと思った。まさにそうだった。身に覚えのないことで誤解され責められ、いくら違うと言っても聞く耳も持たない。本当はあのときも、今だって、彼には本当のことを知っていてほしかった……。本当は誰より彼に信じてほしかった……。「私……、一番信じてほしい人が、ずっとそうだったの……」「え。それって誤解されたり勘違いされて信じてもらえなかったってこと?」「うん……」彼がどうして、さっきあんなにも苛立っていたのか実際はよく分からない。だけど、きっとそれはすべて、彼がずっと私を信じてくれないことで起きていることなのだと思う。「それは辛いね……。それで、杏華は諦めちゃったの?」「一度は、諦めたはずだったの……。だけど……、まだ諦めたくない自分がいるの……」あんなふうに一弥さんとは言い合いにはなったけど、ずっとそんな状態でいたい訳じゃない。夏希に伝えることで、その気持ちをより一層自覚する。「じゃあ今杏華がそんな顔している原因は、もしかして……それが原因……?」「え、あっ、うん……」「よし! なら電話しちゃおう!」「えっ!?」「だって気になってるんでしょ? 一番信じてほしい人なんでしょ!?」「それはそうだけど──」私はずっとこうやってグズグズしているのに、夏希はそんなふうにスパッと口にする。「ちなみに杏華は、その人が信じてくれなかったとき、『結局は信じてもらえないから』って自分でも諦めちゃってたところない──?」夏希に言われて、一弥さんのやり取りを思い出す。そう言われると、確かに私はすぐそう判断していた
しばらくすると、さっき会っていたときと同じように、明るいテンションで夏希が訪ねてきた。正直ついさっきまで言い合っていた一弥さんへの感情は、自分の中でまだずっとくすぶっているままだった。だけど、夏希が来てくれたことで、一気にさっきまでとは違う正反対の明るい雰囲気に包まれる。「はい! ケーキ。一緒に食べよ」部屋の中に迎え入れると、夏希が持ってきた大きなケーキの箱を、笑顔で私に渡してくれた。「ありがとう。 飲み物は、紅茶かコーヒーか何がいいかな」「これ。フルーツタルトなの。このタルトに合う飲み物なら紅茶かな?」「ダージリンティーとかはどう? 華やかな香りを楽しめる紅茶だから、フルーツタルトと相性いいと思う」「じゃあそれで!」私はティーポットにダージリンティーを用意し、持ってきてもらった大きなフルーツタルトを二人分お皿に取り分ける。「お待たせしました」リビングのソファーで座っている夏希の元へそれらを運び、早速二人でタルトを堪能し始める。「ん~! このフルーツタルトすごくおいしい!」「これ結構人気あるお店のタルトらしくてさ~。せっかくなら今日いい仕事出来た杏華と、頑張ったご褒美として二人で食べたいと思ったんだ~」「……嬉しい」夏希の中で、私にそんな気持ちになってくれたことも、今二人でこんな素敵な時間を過ごせているのも、すごく嬉しかった。「──何か、あった?」すると急に夏希がそんなことを聞いてきた。「……え? どうして……?」「なんか浮かない表情してる」「私……、そんな顔……してる……?」「うん。うまく笑えてない」夏希がはっきり言い放った。夏希が来てくれて、普通に笑えてると思ってた。だけど、そう言われて、本当の心の奥底の部分は隠せていないのだと思った。「私。職業柄、顔を見ただけで、そういうのすぐわかっちゃうんだよね~」「顔を見ただけで……?」「そう。さっき、杏華、あんなにいい顔してたのにさ~。こんな短時間で、そんな顔になっちゃうなんて……、よっぽどのことがあったのかなぁって」夏希は優しくそう言って微笑む。一弥さんとは、全然わかり合えないもどかしさがずっと変わらないのに、夏希はさっき知り合って間もないのに、私の顔を見ただけで、そんなところまで気づいてくれる。そんな言葉にしなくても、気持ちをわかってくれる夏希に、ただ
【一弥side】すると、今度は、そいつを今から家に呼ぶだなんて、言葉が聞こえてくる。何考えてる。俺とお前のこの居場所に、どんな奴かもわからない他人を入れるというのか。俺自身、綾乃にも誰にも教えてない。教えたのは、家の人間と、詠司たち夫婦だけだ。それは杏華がその場にいたから教えただけの話だ。なのに、こいつは勝手にそれを教えようとしている。どうしてだ。どうして俺たちのこの場所に、他の奴なんか入れようと思うんだ──。それは俺の勝手な想いだとわかっている。それでも、杏華をここに引っ越させ、俺が隣に住んだのは、多分そういうことだ。その時は気づいていなかったその理由。今思えば、それはこいつを誰にも近づけたくないと、そう思っていた俺の想いが、きっと暴走しただけのことだった──。今になって気づき、そんな自分に少し呆れた。俺はそこまでして、杏華をここに……、俺のテリトリーに閉じ込めておきたかっただけだったのか……。俺にそんな感情が渦巻いていただなんて、俺は初めて気づいた。自分が自分で怖くなった。どんどん杏華に普通以上の感情が生まれだしているということを──。その狂気めいた想いが、確かなものになってしまうとき、俺は自分でどうなってしまうのか、そして杏華をどうしてしまうのか……。少し、怖くなった──。『私も。会いたい』囁くように嬉しそうに、その言葉を杏華が告げたとき。俺の胸はキリキリと痛んだ。俺がここにいるのに、お前は誰を想って、そんな言葉を口にしているんだ──。俺じゃない誰かに『会いたい』だなんて……。その時点で、杏華の心が俺から離れてしまったのかもしれないと、また怖くなる。俺といた頃も、一度もそんな言葉を告げたこともない。そんな必要もなく、そんな状況にもなっていないから当たり前かもしれないが、それでも俺たちは、
【一弥side】どうして、またこんなこと繰り返してしまうんだ……。俺に勢いよく背中を向け、部屋に入ってしまった杏華に、俺は手を伸ばすも、虚しくその手は無意味な空間を彷徨う。俺は、そのままその手をギュッと握り締め、悔しさで勢いよく下に振りかざす。またやってしまった……。俺のただ一方的な嫉妬で、また杏華を傷つけた……。だけど、どうしても俺以外の奴に、聞いたことのないあいつの心許す言葉や、そいつを思い浮かべ嬉しそうな表情をしたとき、俺の心は激しく乱れた。聞き耳を立てるつもりじゃなかった。だけど、あいつが所々話す声が、どうやったって耳に入ってしまった。今の俺は、どんな現場でも、たくさんの人間の中から、あいつの声を聞き分けられるほどになっている──。それに気づいたのは、ごく最近のことだ。そんな俺が、今こんな状況で、聞かないようにするだなんて、無理な話だった。『これから一緒にいたい』だなんて、そんな言葉どんな状況なら口にするんだ?“初めて”だとそう言ったということは、俺にはそんなことを一度も感じたことなかったということだと、その言葉と同時にその現実に気づく。『私には、あなたが必要なの。これからも私に力に貸してほしい──』俺じゃない誰かに、その言葉を伝えてるのに、無性に腹がた立った。俺は杏華にとって、そんな存在にまだなれていなかったということか……。いや、確かにそれは仕方がないのかもしれない。今でこそ、杏華を全力で守りたいと思っていても、つい少し前までは、それが出来ていなかったのだから……。それでもどこの奴かわからない奴に、そんな簡単にそれを言ってしまっている杏華にショックを受けている自分がいた。俺はあいつの力になりたい。役に立ちたい。そう思って、自分の気持ちに気づいてからは、ずっとその気持ちで動いてきたし、杏華にも接してきた。せめて、その言葉を言ってもらえる男になりたかっ
え……?俯きがちに、静かに呟いた彼の声。どういうこと……?その言葉は、どういう意味で、言っているの……?初めて聞いた彼のそんな言葉に、私は今まで感じたことのない胸の高鳴りのような、切ない苦しさのようなものを感じる。どうして、そんな勘違いしそうな言葉を言うの……?あなたにとって、私はそんな存在じゃないくせに……。「俺の断りなしに、勝手なことなんて許さない。お前は、俺のそばで、俺だけの言うことを聞いていればいいんだ」何……それ……。酷い……。この人にとって、私の存在なんて、結局そんな程度だったんだ──。彼といろんな時間を重ねてきて、彼とのそんな関係は、今はもうちゃんと変えられているのだと思っていた。ちゃんと私の主張を受け入れてくれて、私自身を、ちゃんと認めて受け入れてくれている。そう信じていた。なのに……、あなたにとって、まだ今でも、私は結局自分の言いなりになる、そんな扱いやすい存在のままでしかなかったってこと……?───ショックだった。私だけが勝手に舞い上がっていたみたいで。私だけが勘違いしていたみたいで。単純な私は、目の前で起きていることや、実際に自分が感じたことしか理解出来ない。きっとそれが、そもそも全部勘違いだったんだ。優しくしてくれたことも、全部自分の都合よく私を動かしたかっただけだったんだ……。結局はこの人にとっては、ただのビジネスパートナー。わかっていたはずだったのに。それでも、最近のこの人は、優しい言葉をかけてくれて、私をちゃんと見てくれていた。それが本当に嬉しかったから……。なのに、この人にとっては、それも全部お金のため、仕事のためだったっていうことなのかな……。もう、あなたの本当の気持ち、全然わからない……。それなら……、私だって……、私だって……。「じゃあ、あなたはどうなのよ!」
「え!? どうしたの、一弥さん」私の腕を力強く握り締めながら、さっきと同じような切ない目で、だけどそれと同時に険しい悔しそうな表情をしている一弥さんに気づく。「誰だ……。そいつは──」一弥さんが静かに呟く。「え……。誰って……」夏希のことを、言ってるのかな……。どうしてこんなに険しい顔をしているんだろう……。「今から、そいつ、ここに来るのか」「え、あ、うん」聞こえてたんだ。やだ、なんか恥ずかしいな。「お前、何やってる」「何って……。別に……」なんなの、どうして急にそんなイライラしているの?「もっとモデルとしての自覚を持て」「え……」「そんないい加減な気持ちで、モデルの仕事が出来ると思ってるのか」「それ、どういう意味……」なんなの、いきなり……。意味がわからないんですけど……。「もっとプロの意識を持てって言ってるんだ。そいつとどんな関係か知らないが、すぐに家に呼ぶだなんて何考えてる。どこで足を引っ張られるかなんてわからないんだぞ」「なんのことを、言ってるの……」「そんな簡単に家に来る奴なんて、ろくな奴じゃないな。お前にだってどんないい加減な感情を抱いてるかわかったようなもんじゃない」「何……それ……」どうしてそんなことを言うの……。私と夏希のこと、何も知らないくせに。私が夏希と出会えて、どれだけ勇気をもらえたかなん
目を覚ました瞬間、強い戸惑いに包まれ、次いで記憶が断片的に一気に押し寄せてくる。 気付けば無意識のうちに私は下腹部をかばっており、鈍い痛みが走った。 そのとき、そばにいた一弥さんの姉の真琴さんが私が目を覚ましたことに気付き、慌てて駆け寄る。 真琴さんは私の手をぎゅっと握り締め、声を震わせながら言った。 「よかった……やっと目を覚ましたのね。お医者さんが言ってたの。急激な精神的ショックと、長期間の心身の抑圧が原因で、切迫流産の状態だって。今は安静が必要よ。……ねぇ、どうして妊娠していること私に言ってくれなかったの?」 「どうして、私は病院にいるの? どうして真琴さんがここにいるの?」
「お姉ちゃん、どうしてあんなことしてバレないと思ってるんだろ」 え……、あんなこと……? バレる……? なんの話……? 「まさか、あいつが俺の知らないところで、男漁りしてるなんて心底見損なったよ」 男漁り……? さっきも、それ言ってたけど……どういうこと……? 「お姉ちゃん、もうそれ病気なの……。一人の男性では満足出来なくて、常に自分の欲望を満たしてくれる男性を探し求めてるの」 ちょっと待って……! あまりにも身に覚えのない酷い綾乃の嘘に私は驚いて言葉を失くす。 「俺もまんまと騙されたよ。まさかずっと清純なフリをしてたなんてな」 酷い……! 一弥さんもどうしてその言葉を信じるの…
「……?」 目の前に差し出された離婚届を見つめ、喉が張り付いたような声で問い返した。 「あなた……どういう意味なの?」 「綾乃から、全部聞いた」 彼の顔には、余計な表情は一切なかった。 あるのは、骨の髄まで染み込んだ冷酷さだけ。 「三年前、うちとお前の家に政略結婚の話があると知っていただろ。 お前は俺と結婚したかったから、彼女を追い出した。別れを強要し、海外へ行かせたんだ」 ――ドン、と。 頭の中が、真っ白になった。 「違う……」 声が震えながらも、私は必死に最後の光にすがる。 「一弥さん、信じて……! あの時は、彼女が自分で行きたいと言って……私は……」 「もういい
「わあ、すごく綺麗なお花!」 綾乃は、私の腕の中に抱えられた花束を、目を輝かせて見つめた。 私は反射的に花束を抱き寄せる。 「この花は……」 言い終える前に、すらりとした長い手が、私の腕の中から花束を奪い取った。 呆然と顔を上げると、そこには桐生一弥の、感情の揺らぎひとつない瞳があった。 彼は、私が心を込めて選んだ――純潔な愛を象徴する白いバラの花束を手にすると、そのまま自然な動作で振り返り、綾乃の前に差し出した。 「誕生日おめでとう、綾乃」 低い声だったが、突然静まり返った個室の中には、はっきりと響き渡った。 綾乃は驚きと喜びの入り混じった表情で花束を受け取り、顔を花びらに







